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立松初代から百年余

立松建設が誕生したのは明治28年。
創業から百年余、地元の皆様に支えられてきました。
初代から永き時代を経て、現社長で四代目です。
古き良き伝統の家づくりを継承しながら、常に「本物の木造住宅とは何か?」を考えてきました。



初代、立松菊次郎は明治4年9月に海部郡大治町で生まれました。
大工を志し、修行を積み24歳のとき独立しました。
これが立松建設のはじまりです。
のちに名を金次郎と改め、大工の金さん、ダイキンさんと呼ばれ
地元で建築業に勤しみました。

初代 立松菊次郎


明治37年11月、大工の家に生まれた二代目、久一はその人柄から多くの人に親しまれました。
奉仕で大工仕事をしてしまうほどのお人よしで、そんな父を見て育った三代目、稔は
(このままでは立松建設がつぶれてしまう・・・)と、より一層大工仕事に励みました。
二代目はそんな三代目を頼もしく誇りに思っていました。
晩年は大好きな釣りを毎日のように楽しみました。

二代目 久一と妻みや


早くから三代目としての自覚が芽生えていた稔少年は、大工仕事が楽しくて
仕方がありませんでした。すぐに仕事を覚えて先代の跡を継ぎました。
戦後の復興と経済成長の追い風を受け、新築が増えていきました。
当時、住み込みの大工として修行にきた若い人達が
次々に成長して独立していきました。


三代目 立松稔 18歳の頃



四代目、立松絹久は建築業界を学ぶため、大学卒業後、奥村組に
就職。土木事業に携わり、現場では共同作業の喜びと達成感を
味わいました。貴重な数多くの経験をしました。
そして一級建築士の資格を取得し、スクラップ&ビルドではない
本物の家作りを目指したのでした。




構造見学会にて

百年のときを経て、今は棟梁の男気を受け継ぐ大工たちや社員たち、
そして気心の知れた業者さんたちと、いつまでも永く安心して健康に暮らせる、
フリーメンテナンス住宅を造り続けています。

通気断熱WB工法が、目指す家づくりに最も近い工法であったため採用し、
「スケルトン&インフィル」をテーマに、SE構法でたくましい長寿木造住宅を実現します。


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